卒業論文概要
中山智貴「闘技場としての歴史叙述フレームワークを用いた社会科歴史教育論−シャンタル・ムフの闘技的民主主義論に基づいて−」
本論文は、大きく5章に分けてシャンタル・ムフの闘技的民主主義論に基づく社会科歴史教育論と闘技場としての歴史叙述フレームワークと実践モデルを作成した。
第1章では、民主主義論の歴史的経緯と現代民主主義の2つの潮流をたどることで民主主義教育としての社会科教育の意義を明らかにし、また現状の日本における社会科教育研究のあり方を分析することで、社会の現実に対応した社会科の存在の必要性を明らかにした。
第2章では、シャンタル・ムフの闘技的民主主義論の理論を分析した。この論で述べられている「われわれ」と「他者」について、そして社会科教育でも言及されているシティズンシップ論についてのムフの見解を分析することにより、社会の現実に対応する社会科のあり方を明らかにした。その上で、先行研究となる吉永潤の研究を分析し、シャンタル・ムフの闘技的民主主義論の社会科への転用可能性を明らかにした。
第3章では、日本における歴史教育をめぐる現状の分析から、歴史教育における目的や意義の定義、そして社会科歴史教育論の比較分析を行った。分析結果から、シャンタル・ムフの闘技的民主主義論に基づく社会科歴史教育論の構想を明らかにした。
第4章では、米独の歴史教育の学習方法の変革に焦点を当て、「物語の構造」という視点と「コンペテンツ/コンピテンス」という視点の双方を得た。この視点は、日本における歴史教育論にはない資質能力という視点を与えるものであることが明らかとなった。そして日本における歴史教科書の手法を分析することで歴史の流れを理解させるだけに留まるといった資質能力を考慮していないという課題を明らかにした。また、独仏共通歴史教科書における叙述の手法や学習方法の分析から、歴史学習者にとって資料分析において視点がどのように設定されるべきかを明らかにした。
第5章では、第1章で明らかにした社会科教育の課題、第3章で明らかにした歴史教育の課題、第4章で明らかにした歴史叙述の手法の課題、以上3点を克服するために、シャンタル・ムフの闘技的民主主義論に基づく社会科歴史教育論の構想と実践モデルの作成を行なった。
本研究の成果は、第1に、社会科教育が社会の現実に対応すべく、現代民主主義論においてハーバーマスら審議的民主主義に対抗する闘技的民主主義論を理論に組み込んだことである。合理的意思決定では、語られることのない社会の現実を社会科教育実践の場に取り入れたことは新たな社会科を構想していく上で重要な視座となり得る。第2に、ムフの闘技的民主主義論に基づいて作成された、歴史叙述フレームワークを社会科歴史教育において作成したことである。これは、ともすれば単なる国家史や政治史の教え込みとなってしまう歴史授業を資質能力という視点から変革しようと試みたということである。日本における歴史教育論では歴史認識や意識が多く語られる一方で、歴史解釈を組み立てていく解釈の手法や叙述の仕方などに言及されることは少なかった。歴史解釈という面で先進性のあるドイツの歴史教育や、独仏共通歴史教科書における学習方法を、シャンタル・ムフの闘技的民主主義論に基づいて、市民育成の目標の下、援用したことが挙げられると考えられる。そして、この歴史叙述フレームワークを用いた、シャンタル・ムフの闘技的民主主義論に基づく社会科歴史教育論の実践モデルを作成することができた。以上が本研究の成果である。
第1章では、社会科が学習対象としている現実の社会を明らかにし、そのうえで、社会科が目指すべき社会のあり方をアーレントの社会理論に基づき明らかにした。
第2章では、社会科が目指すべき社会のあり方を実現するために、アーレントの政治哲学に基づき、一人一人の市民に求められる判断力について明らかにした。
第3章では、これまで行われてきた判断力育成の社会科の授業方略を分析し、アーレントの政治哲学を社会科に取り入れるにあたって、必要な視点と乗り越えるべき課題点を明らかにした。
第4章では、意思決定主義社会科を刷新し、これまで意思決定主義社会科に向けられていた批判点と一人一人の市民に求められる能力である判断力を養う授業方略を明らかにし、授業モデルを提案した。
本研究の成果は2点ある。1現実の社会をアーレントの政治哲学によって分析し、その中で一人一人の市民に求められる資質を明らかにしたこと。2市民に求められる資質である判断力の育成の方略を提案することができたことである。
1点目はアーレントの政治哲学を基にし、社会の形成者である一人一人の市民の求められる能力である判断力の内実を明らかにした。アーレントは現代を分析し「社会」が支配しもはや共通世界は現われておらず、そのような社会で市民は、無思考で「孤立」した個人となっている。その結果が大衆社会であるとしている。そこでアーレントは古代ギリシアのポリスを基に、人間と人間の間にある空間である公的領域における「活動」を重視している。この活動は世界つまり社会に存在する出来事や物事に対して「わたしには...に見える」と意見を発していくことで暗に自らを他者に対して明らかにしていく言論と行為によるものである。この活動が自由に行われることによって市民の間に共通世界が現われる。共通世界は同じものをまったく多様に自分以外の他者がみていることを知っている場合にのみ現われる。この共通世界のもとで他者の立場にも立って意見を考える代表的思考を駆使する能力が判断力であり、この代表的思考を行うことで意見の妥当性を高めるのが政治である。
2点目はアーレントの政治哲学における「共通世界の現われ」と「政治」の営みを取り入れる意思決定型社会科の授業を行うことで一人一人の市民に求められる判断力を養うこと、またその判断力を育成する授業モデルを提案することができた。
2018/2/13
先日は卒業論文の発表会でした。我がゼミは3名。以下のタイトルで執筆しました。
・ハンナ・アーレントの政治哲学に基づく判断力育成の社会科の研究
・メディアリテラシー教育に関する研究
・闘技場としての歴史叙述フレームワークを用いた社会科歴史教育論ーシャンタル・ムフの闘技的民主主義論に基づいてー
みなさん、現在の社会科教育研究を批判的に捉え、しっかりとした論文を完成してくれました。最後は睡眠時間を削っての執筆だったことと思います。みなさん、よくがんばってくれました。お疲れさまでした!
2017/6/27
本日は学部4年生の卒業論文中間発表会でした。毎年、須本先生のゼミと合同で行います。
我がゼミは3名。今年度は、意思決定学習や議論学習の批判検討、メディア学習の改善に挑戦しています。本日は各テーマを設定した理由、及び現在までの途中経過を発表してくれました。質疑応答ではかなり厳しい議論が交わされましたが、各自の課題も見えてまいりました。引き続き、取り組んで欲しいと思っています。本日はお疲れ様でした。