学校に行かない若者の関係性について

―アンソニー・ギデンズの関係性論を用いて―

 

岐阜大学大学院教育学研究科総合教科教育専攻

都築桃胡

 


(1)修士論文の概要

 本研究は、5章に分けてドロップアウトする若者の他者との関係性について検討した。第1章では、まず若者論の歴史的変遷を明らかにした。「若者」と言われる集団は、さまざまな視点や文脈の中で登場してくる。しかし彼らの存在を定義することは、年齢の面から見ても、アイデンティティの面から見ても困難であった。次に、対人関係における若者のアイデンティティについて分析した。彼らは自身が関わる範囲を限定させ、かかわりの中での相手への過剰な気遣いと多元的な自己の対応を行っている。さらに、SNSを使うことで、こうした選択的な人間関係の構築を補強している。

 第2章では、「ひきこもり」や「不登校」の若者に焦点を当てて分析した。彼らは、社会的自立を果たすことに困難をきたしているように語られており、「症例」や支援対象であった。これは、社会に出なくてはいけない、学校に行かなくてはいけないという価値観が前提にあるからである。しかし、現代の若者はコスパ志向であることから、社会や他者との立ち位置を模索するうえで、自らで不登校やひきこもりになることを選んでいく姿が想定できる。本来、「脱落」や「逃げ」という意味合いで使われていた「ドロップアウト」という用語に、別のライフスタイルを選択していくという意味合いが付与されていったことからも、学校や社会に行かないことを選択するような価値観が並び立つようになってきていることがうかがえる。

第3章では、アンソニー・ギデンズの関係性論を分析した。ギデンズの関係性論は、「純粋な関係性」「親密な関係性」「固着した関係性」の3つの軸に整理することができる。「純粋な関係性」とは、関わる目的が得られる場合においてその関係性は維持され、関係性維持のためには、コミットメントが必要になる。他者に対してコミットメントしていくことで、反省的検討を行い、自律した個人になる。自律した個人間の信頼の獲得によって、その関係性は「親密な関係性」になり得る。反対に、信頼獲得のために行うコミットメントが自律性を失い、共依存的に発展すると、「固着した関係性」を引き起こす。

第4章では、ドロップアウトする若者を対象に、インタビュー調査を行い、得られたデータから考察を行った。

第5章では、これまでの分析を基に、ドロップアウトする若者の存在を再検討した。彼らは、他者との関係性を持った人物であることが言える。ドロップアウトする若者がどのような関係性を結んでいるかについて得られた知見は4点である。まず、1点目に、ドロップアウト後のコミュニティとのかかわり方には、ドロップアウト理由から差異が現れる点である。2点目に、関係性の結び方によってはドロップアウトを引き起こす場合があるということである。3点目に、ドロップアウトする若者にとって、親密な関係性を築くことが理想的な関係性像であるということである。4点目に、ドロップアウト後に、固着していた関係性が、時間の経過によって、親密な関係性に変化するということである。

関係性という面から検討した際に得られたドロップアウトする若者像は、自立に向かって自身のアイデンティティを模索しており、「症例」として扱われることや、支援対象とみられるのは誤りである。不登校やひきこもりの若者を、「学校に行かない」「社会に出ない」という視点で捉えることができるということ、「ドロップアウト」という用語が、「本来のコミュニティを抜けて、別のライフスタイルを選択する」という広義の意味で理解されるようになることで、ドロップアウトをする若者の後ろめたさを軽減することに繋がると考える。

 

(2)修士論文の成果

本研究の成果は、次の3点である。1点目として、若者とはどういう存在なのかをその定義と限界について明らかにしたことである。若者論に関する先行研究と不登校・ひきこもりについての先行研究の歴史的変遷と、対人関係から見られるアイデンティティについて分析した。また、「ドロップアウト」という用語を捉え直し、現代の若者のコスパ傾向から、不登校・ひきこもりを捉える新たな視点を提示した。

 2点目として、アンソニー・ギデンズの親密性の変容論を用いて、他者との関係性を構築する際の階層図を作成したことである。ギデンズの関係性論は、「純粋な関係性」「親密な関係性」「固着した関係性」の3つの軸で整理でき、それぞれの関係性に至るまでの振る舞いを階層にして表した。

 3点目として、ドロップアウトをした経験のある若者を対象にインタビュー調査を行い、得られたデータから、ドロップアウトする若者の関係性について分析したことである。得られたデータは、ギデンズの関係性論から作成した階層図を分析フレームとして使用し、質的内容分析を行った。ドロップアウトする若者は、他者と関係性を築いており、彼らは、自立のために模索する存在であると分析することができた。

 

(3)修士論文の課題

 本研究を通しての課題は、次の2点である。調査対象として予定していたフリースクールに通っている高校生に向けてのインタビューが、社会状況により不可能であった点である。本来であれば、ドロップアウトすることを選択してから、経過した時間が浅い人物を調査対象として決定するべきであった。今後は、フリースクールやフリースペースに通っている、時間的経過の浅い人物を対象に調査し、彼らの他者との関係性について、検討する必要がある。

 2点目に、インタビュー調査時における筆者の聞き取り能力が未熟であり、設定する質問を吟味する余裕がなかった点である。今後は、明らかにしたい事柄への理解を深め、設定する質問を推敲する必要がある。そして、質的調査の方法を適切に理解したうえで、調査の事前準備に力を入れ、調査技術を高めていきたい。

 なお、これらの2点の課題については、来年以降、社会状況が落ち着いた際には調査を行いたい。

本研究で得られた成果と課題を見つめ直し、引き続きドロップアウトする若者の関係性について考え続け、自らの糧としていく。